special issue : 特集:「Creator'S Room #2/山崎仁嗣(スーパーミューザック)」

変則的に特集を組んでいる、新企画「Creator'S Room」の第二回目。
特に広告映像の分野で活躍しているスタッフに焦点を絞り、その活動の様子をインタビュー形式で特集いたします。

第二回目は、TVCM音楽界で長年活躍を続けている、スーパーミューザックの山崎仁嗣氏を迎えます。

 特集1:はじめに
<About 'Creator'S Room'>
これまでmoment websiteでは、自らのペースで活動を続ける、映画人、写真家、イラストレーター、デザイナー、音楽家など様々なインタビューを掲載してきました。が、「広告映像」というジャンルは、これまであえて封印して来ました。個人や団体が自由に制作する対象としての映像分野ではなかった為です。近年、映像媒体が大きく変化する中、広告映像業界でも原盤(納品)形体メディアが、80年代中盤までのFilm(16mm)から、1inch(ビデオ)、ベーカム、デジタルベーカムなどと色々と変化を続けて来ました。これまで、あまりネットで取り上げられる事のなかった広告映像を作り出すスタッフに目を向けて、広告映像製作の流れや、苦労、楽しさを少しでも垣間みていただけたらと思い、moment websiteでは、「Creator's Room」と題して、その特集をスタートいたしました。(隔月にて特集)

第二回目は、CM音楽プロデューサーの山崎仁嗣氏(スーパーミューザック)をお迎えいたしました。

 特集2:山崎仁嗣ロングインタビュー (interview by TERA@moment)

#2/山崎仁嗣(CM音楽プロデューサー)

TERA(以下:T):では、よろしくお願いします。

山崎(以下:Y):よろしくお願いします。

T:まず、山崎さんの職業をおしえてください。

Y:音楽プロデューサーですね。CMが多いですね。


T:初めて会ったのはいつぐらいでしたっけ?「ハウス食品」か何か「マルシェ」ですかね。

Y:ですよね。 

T:映画社の時かな?

Y:そうだ。(電通)映画社にもいたんだ。今、電通テックだけどね。(笑)

T:(笑)そうですね。ああ、確か始めは、浜(美枝)さんの「レンジグルメ」ですね。80年代中盤ぐらい。

Y:そうだね。昔ですね。(笑)

T:(笑)。まずは、CM音楽のお仕事はどのように作業していくのか簡単に説明してもらえますか?

Y:昔は代理店からきてたんですけどね、今もそうなんですけど、代理店からっていうのが減っておりまして。ディレクターから直接とかね、そういうケースが多いかな。


T:まず、オリエン、企画みたいなものが?


Y:まあ、おおまかな企画があって、それで音楽はどうつけるかって、こんな曲にしたらいいんじゃないかって、サンプル出すんですけど。それを出してどんなタイプでいこうかって検討するわけですよね。で、例えばロックぽくいこうって事になればそっちの方向に向けて準備します、音楽スケッチは打ち込みだけど本番はギターもドラムも生音のほうがいいよね、とか。歌手は予算があれば大物つかってみようよとか、予算ないから社員に歌わすか、とかやるわけですね。

T:ケースが色々あると思いますが。例えばオリジナルを作ったりとか。ちょっとタイアップ的なものとか、その辺のセレクトっていうのは。

Y:タイアップでいこうっていうのは、最初に代理店からでてくる事が多いですけどね。こっちから持ちかけて、こんなアーティストがいるからっていうのも無いわけではないけれど、ケースとしては少ない。で、タイアップって言うのは戦略的にレコード会社のメリットと、制作費かけないで作ろうっていう代理店側のメリットがうまくあったところから発展してきたんですけど。最近は何かタイアップを多くして、それで事故を減らそうと。事故って言うのはクライアントの社長とかがCMにつけた音楽が気に入らないって言い出す事なんだけど、まあ、タイアップだと先に音が上がっていてある程度ギャランティされてるっていうかね。
ちょっと増えているとは思う。映像にはぴったり合わないケースが多いよね、逆に合わないっていうのもCM的には良い事かもしれない。ミスマッチっていうのは幅広い受け取られ方するので楽しいのもあるよね。


T:山崎さんがCM音楽を始めた何かきっかけみたいなものはあったんですか?


Y:最初、僕はCMのディレクターになりたくてフィルム会社に入ったんですけど、フィルム会社っていうのが性に合わなくて、制作進行っていうのをやらなきゃいけなくてね、あれがねえ、駄目なんですよ。

T:なるほど。

Y:あまり気が利かなかったからね。で、やっぱり音楽の道へ戻りたいなって。学生の時、バンドやってたものですから。当時のCM音楽プロダクションの小松さんていう人の弟子について、CMの音楽畑からスタートしました。

T:最初のお仕事って覚えてますか?担当した作品とか。

Y:最初が何だったか忘れたけど、修行中に一番感動したのは、服部克久さんの仕事で、化粧品のCMだったんですけどね。70何年かなあ、75、6年の仕事、外資系の化粧品の仕事だったんだけど、そん時にスタジオのブースの中にオケと一緒に入って生のストリングス聞いてたんですよ。譜面見ながら聞いてるわけなんだけど、譜面にない音が聞こえてくるわけですよ。高らかに。あ〜、これがバイオンだと思ってね。倍音が上手く旋律になってて。すごい感動味わって、すごいな〜服部さんはって思ったね。この商売いいな〜って思って。こういう感動味わえるってね。当時はね編成厚いのは当たり前だったからね。よく6:4、2:2ぐらいで、弦を録ってたから。昔は面白かったよね。

T:70年代後半戦は、CMの世界って言うのはどういう感じだったんですかね。

Y:70年代後半戦っていうのは、やっぱまだ生録りしてて、今は電気ばっかりだけど、必ずちゃんと4リズムが入っていて、それに企画に応じて弦が入ったり、管が入ったりっていう録り方してたからね。コミュニケーションがすごくあって楽しかったですね。昔のディレクターっていうのは、その生の演奏家を取りまとめるのがディレクターの役割だったから。うまく指示を出して、的確に自分たちの思ったサウンドを作っていくっていうね、そういうテクニックっていうのかなあ、要領っていうのかな、そういう技術を磨いていたし、作曲家や歌手やスタジオミュージシャンとのコミュニケーションをいかに取るかって事を一番大切にしてしていましたね。駆け出しだったってこともあるけど面白かったですね。


T:今よりオリジナルのコマーシャルソングが割と多かったような印象があるんですが。

Y:ジングルが流行ってたしね。サントリーとか資生堂のCMが全盛でしたね。

T:面白かったタイトルとかありますか?

Y:う〜ん、みんな面白かったからね。(笑)

T:70年代から80年代にかけて音楽的に変わってきた事というのはありますか?

Y:80年に入ってから「テクノ」の要素が入ってきましたよね。最初はシンセサイザーがムーグが単音しか出せなかったのがプロフィット5って言うのが出てきて5声同時発音ですごいなーと思いましたね。欲しかったんだけど高くて買えなくて国産のローランドでジュピター8というのが出たので無理して100万位で買いましたね。弦とか管とか人件費減らせると思ってね。

T:打ち込み?

Y:打ち込みはローランドのMC−4っていうシーケンサーのが出てきてからですね。そのうちNECのコンピュータを使った98っていうのと、かわいかった出たてのマッキントッシュで動くデジパフォが出てきましたね。リズムものではローランドの808、八百屋とか言ってね。それとリンドラムっていうのもはやったね。太鼓の音色を自在に変えられておもしろかったね。

T:それは楽器の発達というか。

Y:そうですね。80年代中盤になってからかな、全盛になったのは。

T:そうなると生の音楽は段々減っていくわけですよね。

Y:減ってきましたね。演奏料は減ったけどスタジオ代は増えたよね。シーケンサーにデータ打ち込むのがすごい時間かかっちゃってね。リズム録りだけで半日とかね。細野さんは丸一日とかね。(笑)効率悪かったですね。

T:「スーパーミューザック」という会社は、いつぐらいに設立したんですか?

Y:「スーパーミューザック」は83年に設立したっていうよりも、昔「響映」って会社があって、それを母体として僕がやってた「ミューザック」っていう会社と合体したんですよね。合併して、高橋信之っていうユキヒロさんのお兄さんが社長なって始めたんですけど。

T:始めた頃はどんな感じだったんですか?

Y:もう仕事の流れはある程度あったんで、それに乗って何となく新たなパワー感がでたというか。ちょうどみんな30代でね、勢いはあったんですね。


T:アーティスト、作家の方とかはどういう方が多かったんですか?

Y:まあ、ユキヒロさんなんかにもやってもらったし、社長の高橋信之(以下:ノブ)さんも「ケンメリ」のヒット曲もあように沢山書いてましたし。今はもうCM音楽の重鎮になっている長沢ヒロさんとか岡田徹さんとか。クラシックだと高橋千佳子さんとか坂田晃一さんとか。他にも結構たくさんの作家の方に書いてもらいました。

T:その辺の方々が中心となって始まった?

Y:そうですね。

T:始まった頃の印象的なCM音楽っていうのは?

Y:スーパーミューザックになって最初に貰った仕事が「タケダ」の「いの一番」かな、これはさい先いいなっとかいってね。(笑)その後評判がよかったのは「スーパーニッカ」の、今話題のチベット行って撮影した、アウトドア作家のニコルさんが出てたCMなんだけど、ユキヒロさんが作って。その後、坂本龍一さんにも「サントネージュワイン」かな。書いてもらったりしていました。

T:初期作品なんですけど、本当に色々ありますよね。

Y:「グリコ」とかがね、多かったですね。(松田)聖子ちゃんなんかも録った事ありますね。聖子ちゃん早かったですね。テイク3ぐらいで終わっちゃいましたね。うまかったですね。

T:オリジナルなんですか?一曲あるうちのサビのCMサイズとか。

Y:タイアップとかじゃなくてCM用に歌ってもらって。あれは「ポッキー」ですね。

T:あのシリーズも色々長かったですね。


Y:ノブさんは「響映」って時代には、(山口)百恵ちゃんとポッキーしてましたね。

T:80年代の代表的なアイドルは「グリコ」に登場してましたね。


Y:そうですね。

T:あと、ハウス食品も多いですね。「バーモントカレー」とか。

Y:そうですね。「マルシェ」もそうだよね。「ジャワカレー」とか「シチュー」とか「とんがりコーン」とか結構やらしてもらいました。(笑)

T:僕がかつて映像の方のプロデュースで関わった「マルシェ」何本かの中では、コシミハルさんとかも。

Y:やってましたね。

T:でも、ほとんどクラシック音楽で。絵的には、フランス語圏のモデルの方が沢山登場して。

Y:そうですよね。おしゃれに作れて楽しかったですね。

T:そうですね。あとジャワカレーとかは。

Y:「ジャワカレー」は西城秀樹さんあたりからずーっとね。

T:その流れで、岩城滉一さんのシリーズで、アンナさんの曲が。

Y:やりましたね。CDとか。売れなかったですけど。いい曲だったんですけど。『いつも二人で〜』って。(笑)いい雰囲気だったんですけど。

T:最近は、種(ともこ)さんもハウスのCM音楽を手がけておりますが、少し昔では、高田渡さんのシチューとか。あれはどういう感じだったんですか?

Y:高田渡さんの録音はメチャクチャですからね。(笑)ギターケースの中に小瓶を忍ばせてるんですよね。隙を見て隠れて一杯飲む。「渡さん、もうちょっとあそここうしてくんない」ってブースの中に行くと、酒臭いの。(笑)

T:あれは、どういう流れで高田渡さんの起用になったんですか?

Y:渡さんは、徳武さんの友達だったっていうか、トクちゃんがうちの所属の時期があって、その時に渡さんとも仲良くなって。何個かCMお願いして。「シチュー」は評判よかったですよね。

T:しみじみした感じで良い歌でしたね。

Y:ええ。

T:あとCD音源制作なんかもされてて、もちろん徳武さんのCDとか。何枚かでてますよね。

Y:トクちゃんもけっこう良いCM。「日本たばこ」のね、早弾のCMがあったんですけど、「キース」ですね。「キース」ってたばこが昔あって、トクちゃん、早弾かっこよかったですね。

T:そうですね。あと、山本ヨウジさんのCDとかもありましたね。

Y:ヨウジさんのパリコレなんかやらしてもらってたんで、その流れでというか。

T:それは元々どういう経緯だったんですか?

Y:ヨウジさんがファッションの仕事で疲れると歌歌うのが好きで、「ボブ・ディラン」好きなんですよね。日本のボブ・ディランになりたいって。(笑)で、何枚か、東芝から出されて。

T:オリジナルは、ご本人が作られる?


Y:のもあります。詩はなかなか良い詩。

T:で、90年代に入って、CDに関していうと、原田知世さんとかも。

Y:これは浜崎くんが担当してたんですけど、サウンドプロデュースは、鈴木慶一さんとトーレ・ヨハンセンがやって。スウェーデン録音でしたね。僕は行ってないですけど、良いアルバムですよね。

T:高田渡さんも。

Y:3枚ぐらいだったかな。映画「東京夜曲」の市川準監督のサントラ。っていうかテーマをやって。


T:90年代はいってバブルがはじけだした頃は?CM業界的には。

Y:世間ではじけたのよりも2年ぐらい遅れてきたのかな。だからゆっくりバブルがはじけたんですけど、そのままズーとはじけたままで。(笑)

T:その頃には生録音みたいなものはほとんど。

Y:ほとんど減って、編成もほんと小さくなっちゃったししょぼくなりましたよね。お金かけなくなったし、編成は薄くなったし。何だかなーって感じでね。クリエイターがみんな自信無くしてたし。その流れがずーっと続いてるような気がします。小さな波はありますけど。

T:その頃はライブイヴェントも色々ありましたね。ムーンライダースとか。

Y:当時イベント部門があって、さっきの浜崎くんががんばっていて、ムーンライダースのライブもプロデュースしてました。


T:CD制作、コンサート制作、色々とスーパーミューザック的に展開が。

Y:色々やりましたね。

T:最近は「無印良品」のCDシリーズがありますね。

Y:「無印」のBGMシリーズとかやりましたけど。

T:内容はどういう感じですか。

Y:それは「無印良品」の店内のBGM用も兼ねて、海外に音録りにいってそれをCDにして無印で商品として売るってことなんですけど。ナチュラルな「無印良品」らしい手触り感のある音楽をっということで。各地へ行ってレコーディングして空気感を運んでくるって言う風にしてたんですけどね。意外に行けそうで行けないプエルトリコとか、スコットランドとかストックホルムとかナポリとか行きましたね。アコースティックで生録音なので楽しかったですね。

T:で、現在のCM世界は?

Y:今はコマーシャルにクライアントがメッセージをたくさん入れたがるんですね。短い秒数を効率的に告知したいってがあるんでしょうけど、クライアントの要求が一番なんで代理店なんかもそれに真面目に答えてて、煮詰めすぎてんのは分かってんだろうけど、詰めれば詰めるほど音楽はボリューム減らせって事になるんですね。内容的にも隙間がどんどんなくなっておもしろくなくなるし。音楽独自で一人歩き出来ないからヒットもでない。音楽を表現する為のコマーシャルじゃないんだけど、何かしら今な感じをどう伝えるとか、今な感情を伝えるとか、空気を伝えようとしてこの仕事をやっているつもりだから、どうもあんまり最近面白くないなーって。

T:もっとどう有るべきとか、理想は?

Y:CMってクライアントあってのものだから、一概に言えないんだけど、やっぱり詰め過ぎはよくないよって言いたいんだよね。CMで伝えたいものとWEBで伝える事と違うんだよね。ウェブとCMを分けて、CMは空気を伝えるって言うか、かなりのマスにむかって伝えるわけじゃないですか、情報も適度にシンプルにして伝わりやすい形にして表現してあげれればなあって思うけどね。それをもっと細かく知りたい人にはWEBにまかせてね。でもそれはこっちから決められない。それを言えない時代ではあるからね。後、何段階にもわたってチェックするシステム(CM表現の)になってると思うのね、昔に比べて。ひとりの独断でこうしようよ、ああしようよっていう事がなくなったから、みんながみんな良いねっていう最大公約数的なまとまり方でしか表現できないっていうかね。共感を呼ぶ作品や大胆な表現っていうのは合議性で決まるのじゃなくて,個人的な情熱とかリーダーシップで決まっていくじゃない、それがなかなかしにくい時代になってるから。ちょっとはがゆいですね。

T:ちょっと話し変わるんですけど、山崎さんが個人的に好きな音楽とかジャンルってどういうものなんですか?


Y:やっぱり「ジャズ」かな。学生の時「ジャズ」をやっていたというのもあって。でもこの商売やる時に「ジャズ」を捨てたんですよね。「ジャズ」は商売ににならないって。「ジャズ」をあまり聞かないようにして、ポップスに重点を置いて聞いたりしてたんだけれど、やっぱり「ジャズ」は良いなと思います。家帰ったら「ジャズ」しかないし。最近のエイミー ワイングラスの「Frank」すごく好きですね。ジャズかどうかわかんないけどね。

T:自ら演奏したりとかっていうのは?

Y:もうやんないですね。

T:楽器は何をやってたんですか?

Y:トランペットやってたんですよ。学生の時にバイトでコロンビアでレコーディング・アシスタントのアシスタントみたいな事をやって。ある日「弘田三枝子」さんのアルバム作るっていって、急遽お忍びで、尊敬してた「フレディ・ハーバード」が、バイトで来日公演の時についでで来たわけですよ。スタジオに来てピアノの前に座ってボロンポロンとと弾いてね、チャンスと思ってサインくださいって言った時にですね、酒臭いわけ。めちゃくちゃ酒臭くて、ニンニク臭くて、体もこんな大きいわけ。で、サイン書いてもらって、本番になって演奏はじまったらもうバリバリバリってリズムの狂いも何にも無いわけ。ベロベロに酔っぱらっているくせにバリバリバリ、ビリビリビリってすごくって。もう呆気にとられてですね、その当時,私、トランペットも現役でやっててですね、その時点で突然ふっ切れて、もう日本人の自分のこの体でちょっとっ出来ないなと。もちろん日本人でも立派な人いるんだけど、俺はだめだと。こんなすごいまねは出来ないと。逆立ちしても酔っぱらってあんなすばらしいトランペットは吹けないと。それで楽器はやめられましたね。

T:そうなんですか。それ以来、吹いてないんですか?

Y:吹いてないって事はないんだけど、人前ではね。

T:最後に。山崎さん的に音楽を含めても含めなくても、何かやってみたい事ってありますか?

Y:う〜ん、やってみたい事ってね。そば打ち。(笑)そば屋になろうかって。それは冗談だけど、あと娘と一緒に再来週から、町内の「和太鼓クラブ」に入る事になりまして。娘と一緒に参加して習おうと思って。

T:もしかすると、夏祭りとかで。

Y:そうそう。そこはね、こどもたちと親たちと一緒にやる「和太鼓クラブ」なのね。結構上手いんですよ。お父さんいたり、お母さんいたり、お姉ちゃんいたり。世代を超えて一緒に音楽出来るってすごくいいよね。

T:何か面白そうですね。今日はありがとうございました。

Y:いえいえ。こちらこそ。


#2 山崎仁嗣氏(スーパーミューザック) END>

この特集、次回#3は、2009年初頭にて掲載いたします。お楽しみに!


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